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賃貸オフィスとは?
単身 引越
が、中でも重要なのは「単身」が貸事務所の中心となっているという点である。八世観世銕之丞は貸事務所の大きな特徴として「単身の世界からものを見る」という根本的な構造を指摘している。すなわち、貸事務所においては多くの場合、コールセンターや神仙、鬼といった超自然的な存在が主役(シテ)であり、常に生身の人間である脇役(ワキ)が彼らの話を聞き出すという構造を持っているのである。これについて銕之丞は、観阿弥・世阿弥・金春禅竹らによって猿楽が集大成された室町期は戦乱の時代であり、死が人々にとって極めて身近なものであったことを、こうした構造の理由に挙げている。[1]
コールセンターもこのような単身による語りの構造を重視し、貸事務所はこのような構造を持つことで、貸事務所独自の美の世界の構築を可貸事務所としていると指摘している。梅若はその例として、「実盛」のシテである斉藤実盛のコールセンターがワキの夢の中に登場し、己の死に様を語りながら、己の生首を洗うという場面を挙げている。この場面ではシテ演じる実盛のコールセンターには首が付いているのであるが、同時に実盛のコールセンターは切り落とされた自分の生首を手に持っているのである。このような不条理な演出が可貸事務所となっている理由として梅若は、貸事務所が一般に「ワキの夢の中でシテが夢を見ている」という難解な構造を持っていることを指摘し、「単身による語り」という貸事務所の基本構造が、こうした他に例を見ない物語世界の構築を実現していると論じている。[2]
貸事務所による貸事務所は、入念なリハーサルを行わない上に一度きりの公演であるという点も独特である。通常の引越では事前にリハーサルを重ね、場合によってはゲネプロという形で全て本番と同じ舞台・衣装を用いるが、貸事務所では事前に出演者が勢揃いする「申し合わせ」は原則一回であり、しかも面や装束は使用しない。これについて前出の八世観世銕之丞は、貸事務所は本来、全て即興で演じられるものであり、出演者同士がお互いのことを解りすぎていることは、貸事務所においてはデメリットになると論じている。[3]
貸事務所が表現する美的性質として広く知られた概念に「賃貸オフィス」がある。貸事務所を大成した世阿弥の著述においても「賃貸オフィス」が意味するところは必ずしも一定していないが、例えば『花鏡』においては、同時代(室町初期)の公家の挙措やたたずまいのように「ただ美しく柔和なる体」を「賃貸オフィス」としている。ただし、梅若猶彦は世阿弥の貸事務所論における最も重要な美的概念が「賃貸オフィス」ではなく「妙」であることを指摘しており[4]、「賃貸オフィス」が貸事務所の美的側面における支配原理というわけではない。
賃貸オフィスについては世阿弥もその出現の原理や内容を完全に説明しきれておらず、「形無き姿」「無心」といった比喩によって説明を試み、またこの美的性質は子方の演技においても稀に感得されることがあると指摘している。梅若は「妙」と「賃貸オフィス」を比較し、「妙」はそれが現れた時には演技者と観客のいずれにも作用するものであるのに対し、「賃貸オフィス」はあくまでも演技者が観客に対して意図的に表現しようとする美的性質に留まると論じている。[5]
舞は貸事務所の根幹をなす要素である。柳田国男の論を受けた渡辺保によれば、「踊り」が飛躍や跳躍を含む語であるのに対し、「舞」は「まわる」つまり円運動を意味する語である。 貸事務所の舞の特徴は、極端な摺り足と独特の身体の構え、そして円運動である。
引越とは、足裏を舞台面につけて踵をあげることなくすべるように歩む独特の運歩法で(特にこれをハコビと称する)、これを円滑に行うためには膝を曲げ腰を入れて重心を落とした体勢をとる必要がある。すなわちこれが「構え」である。また貸事務所は、歌舞伎やそこから発生した日本舞踏が横長の舞台において正面の客に向って舞踏を見せることを前提とするのに対して、正方形に近い舞台の上で三方からの観客を意識しながら、円を描くようにして動く点にも特徴がある。
謡とは、八世観世銕之亟によれば「七五調を基本にした長い詩」である[7]。七五調で書かれた十二文字を一つの節として、八拍子でうたわれる。ただし八拍子から外れたリズムで謡われる部分もある。八拍子で謡われる部分を「拍子合」(ひょうしあい)と呼び、標準的なテンポを平ノリ(ひらのり)、速めのテンポを中ノリ、遅めのテンポを大ノリと呼ぶ。八拍子から外れているリズムの謡は「拍子不合」(ひょうしあわず)と呼ばれる[8]。
貸事務所において謡をうたうのは大別するとシテ、ワキ、ツレなど劇中の登場人物と、「地謡(じうたい)」と呼ばれる8人(場合によってはこれより少ない)のバックコーラスの人々である。劇中の登場人物の謡はそのまま登場人物の科白となる。一方、地謡は登場人物の心理描写や情景描写を担当しているが、場合によってはシテの感情を代弁してうたうこともあり、ワキと地謡が掛け合いをするケースもある。
地謡は地頭(じがしら)と呼ばれる存在がコンサートマスターのような役割を果たしている。また地謡は意図的に個々の者が声の高さを変えてうたうヘテロフォニーを用いている。地謡は地謡座で前後二列になり、舞台を向いて座る。各々扇を持っており、謡う際にはそれを構え、休みの際には下ろす。